10年ほど前、今よりさらにものを知らなかった(当然プルーストも読んでいない)私は、どういうわけか、翻訳されたばかりの小説『小説 恋愛をめぐる24の省察』を手に取り、非常に感銘を受けたのだ。プルーストをパクって言えば、
最初に私のなかに現れる最も密かなものは、たえず動いて他のすべてを操るハンドルのようなものだ。それは今読んでいる本の哲学的な豊かさと美しさへの信頼であり、どんな本であろうと、その哲学性と美を自分のものにしたいという欲望だった。(中略)幸福と不幸、その最も激烈なものは人生ではゆっくり生まれるので、それに気づくことができず、読書がなければ永遠に知りえなかっただろう。(コミック p.37)
人生における読書の価値にはまだあまり確信を持っていなかったが、それでも著者のアラン・ド ボトンは読書がなければ永遠に知りえないことを教えてくれるかもしれない作家として私の記憶に残ることになり、当然の成り行きで、次に翻訳された『プルーストによる人生改善法』も出版されてすぐに読んだ。これが私とプルーストの出会いだ。なんと遅れてきた出会いか
そもそもなぜ私は『小説 恋愛をめぐる24の省察』を手に取ったのか、これがどうしても思い出せない。この思い出せない感じをプルーストをパクって表現すれば、
私たちの過去を思い出そうとするのは無駄な努力だ。知性の努力はすべて空しい。過去は知性のとどく領域の外にあって、思いもかけないものに隠れている。死ぬまでにこのものと出会えるか出会えないかは、偶然に任されている。(コミック p.17)
私は私のマドレーヌに出会えるのだろうか
さて、その圧倒的な表現力を見せ付けられて自分の表現力のなさにがっかりする危険はあるのだが、それこそ読書がなければ永遠に知りえないだろうことへの好奇心を抑えることは不可能で、読まずに済ますわけにはいかないプルースト。だが、あのあまりの文量を考えると、ちくま文庫の第1巻だけがたくさん売れるのも、まあ仕方がないことかもしれない(私も、この人生でプルーストを原書で読むのはたぶん無理)
プルーストがとっつきにくいのは、一般読者に限ったことではない。『まことに残念ですが』には、次のような有名な不採用通知が掲載されている
ねえ、きみ、わしは首から上が死んじまってるのかもしれんが、いくなない知恵をしぼってみても、ある男が眠りにつく前にいかにして寝返りを打ったかを描くのに、なぜ三〇ページも必要なのか、さっぱりわからんよ。(p.146)
『プルーストによる人生改善法』でも「プルースト読んだ女とは結婚してもいいぜ」でもなんでもいい。「なぜプルーストを読まなきゃいけないのかを私に教えてほしい」という人に最適の一冊、『失われた時を求めて フランスコミック版 第1巻 コンブレー』。帯に「古典の冒涜か? 名作の新解釈か? 新しい読書体験への招待か?」とあるが、もちろん「招待」ですよ。これを読んだら本物にあたらずにはいられなくなるはず
それでもまだ踏み切れない向きには、新訳の訳者による『抄訳版』や解説「プルーストを読む―『失われた時を求めて』の世界」か




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