テクノロジーと芸術との関係を、実際に創作に関わる人たちが真剣に考えてまとめた。対象は音楽、切り口はiPhone。思想的なことと技術的なことのバランスがとれた良書。
徳井直生ほか『iPhone×Music』。副題:iPhoneが予言する「いつか音楽と呼ばれるもの」
iPhoneについてはすでにさまざまな視点から語られているが、市場への影響(ビジネス)やアプリの作り方(テクノロジー)、使い方(ハウツー)だけを扱ったものは、読んでもあまりおもしろくない。「いつか音楽と呼ばれるもの」を作り出すことを目指す創作者たちによる本書は、そういうものとは明らかに違っている。
論点は荒削りで、よくわからない部分も多い。「いつか音楽と呼ばれるもの」という表現からしてちょっと曖昧だと思う。しかし、音楽(あるいは音?)のそうぞうについて考え、言葉にし、実践するという著者たちの熱意はすばらしい。
読後に残った最大の疑問は「音楽」と「音」の違い。確かに「音楽」は明確に定義できるものではないかもしれないし、著者たちの間でも同意はないように思う。「何が音楽かということが、コンテクストとともに揺らいでいるわけです」(p.211)。たとえば、徳井さんは両者を積極的に分けてはいないが、城さんは「音楽、では無く、言語、でも無い、音」という表現を何度も使っている。著者たちのプロジェクトAudible Realitiesのコンセプトは「音を使って想像力を刺激し、別の世界を提示する」(p.174)であって、「音楽を使って」ではない。
簡単な手段さえ与えられれば、人は喜んで創作的/社会的な活動を行う。そのことは、数年来のブログの流行が証明している。(p.38)
しかし、ブログがすばらしい小説を生み出しているわけではない(たぶん)。そう思いながら読んでいくと、
読者のみなさんはこう思っているに違いない。
「新しい音楽の可能性が広がることはなんとなく分かった。異論もあるけど、ひょっとしたらそんなこともあるかもしれない。でも、僕が好きなビートルズの曲はどうなるの? ベートーベンの曲が毎回違う音で再生されるようになるの? モーツァルトであそぶわけ?」(p.177)
確かにそう思った。だが、想定の範囲内だったかと思って読み進めると、その先にあったのは音楽ビジネスについての議論だったのがちょっと残念。
今まで音楽が独り占めしていた消費者の「耳」を、さまざまなエンターテインメントが奪い合う状況になっている。(p.180)
本書で語られる「もの」がいつか「音楽」と呼ばれる「もの」なのかどうかはまだわからない。奪う側ではあるのだろうが。「こと」とか言えば気が利いてるか。
後書きでもブログでも、「はじめての本」という表現を使っているところを見ると、「数年来考えていたことを本にまとめることができました」と言ってもまだまだ先があるのだろう。
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